それから一時間後、屋敷に到着し、諸々の処理を済ませた士郎達は居間に集合。

そこでまず士郎は間桐邸での顛末を話した。

「・・・間桐臓硯がそんな事を・・・」

「危なかったわ・・・もしも器がその子の体内に埋め込まれていたら、例え大聖杯がなくなったとしてもその子が新たな大聖杯の礎とされていた可能性があった・・・そうならなかったとしても間違いなく無用な火種となっていた筈よ」

「ああ、だけどそれも全て焼き払ったし、後始末も師匠が付けてくれた。これでこの地での聖杯戦争は完全に終焉を迎えたよ爺さん」

「そうか」

士郎がそう締めくくり切嗣は一つ頷く。

「で士郎、キシュア・ゼルレッチは今後の事についてイリヤに伝えたと?」

「ああ、少なくとも師匠はそう言っていた」

「そうだったの。イリヤが・・・」

そう言ってアイリスフィールはある方向に視線を向ける。

既にイリヤスフィールはこちらに呼び寄せられており、今は士郎が突貫で整備した一室で眠りについている。

切嗣の話だと士郎との念話を終えて直ぐにアイリスフィールが娘に呼びかけた所、間髪入れる事無くイリヤスフィールはここにやって来たと言う。

そして母親の顔を見た途端安心したのかそのまま眠ってしまったのだが、その前に切嗣に何か言いたげだったのでもしかしたらゼルレッチの言っていた『伝言』が関係あるのかもしれない。

「まあ、師匠の伝言については起きてから改めて聞けば良いさ。それよりも爺さん市民会館の方は?」

「ああ、間桐雁夜の遺体と言峰綺礼はあそこに置いて来た。一応匿名で110番と119番はしてある」

「・・・言峰綺礼は生かしても良かったのか?」

「僕としても迷ったけどね・・・我ながら要らぬ情が移ったのかもしれないな」

「でも悔いは無いんだろ?」

「今はね」

「ならそれで良いんじゃないか?」

士郎の言葉はあっさりとしたものだった。

切嗣がそう決めたのであれば士郎が口を挟む余地は無い。

「で、凛、葵さんは?」

「・・・取り合えず無事だった。だけど精神状況に加えて衰弱も酷かったから速攻で病院に連れて行ったわ」

「そんなに?」

「ええ、父さんを目の前で殺された上に、幼馴染のおじさんからも色々とされたみたいだし、身体も心も負担は相当なものだったんだと思う」

重苦しい表情で告げられた言葉に全員無言となる。

しかし、そんな無言を振り払うように士郎が

「じゃ、これで区切りはついた訳だ。これから爺さん達はどうする?」

「僕はここを本格的にここに移住する準備を始める。まずはこの屋敷を修繕して住めるようにするよ。士郎が大分手直ししてくれたけど、まだまだ足りないものだらけだからね。その間アイリとイリヤにはホテルか邸宅でも借りて滞在してもらう。舞耶、すまないが手配とその間の護衛を頼めるか?」

「問題ありません」

「キシュア・ゼルレッチの『伝言』に間桐桜の処遇も平行して進めておくよ」

「三つの作業を同時進行って・・・大丈夫なのか?」

「問題ないよ。『魔術師殺し』をやっていた頃も同じ事をやってきたんだし、むしろこっちの方が気が楽さ」

確かに切嗣が行おうとしている事に血生臭い事が起こる可能性は極めて低い。

「で、君はどうする?ウェイバー」

そう言ってウェイバーにも話を振る。

「僕は下宿先に戻って後始末をつけてからロンドンに帰るよ」

「・・・大丈夫か?」

ウェイバーの聖杯戦争に参戦した経緯を考えればロンドンでは苦難の数々が待ち構えている事は容易に推察出来る。

その事をウェイバーはきちんと理解しているはずだが、そこを踏まえてもウェイバーの表情に迷いは無い。

「ああ、決めたんだ。先に行っちまったあいつに再会した時には胸を晴れる自分でいたいって。あいつを今度こそ補佐できる人物になりたいって。だから逃げちゃいけない時には逃げない・・・そう決めたんだ」

そういうウェイバーから覚悟を感じ取った士郎、そして切嗣は一つ頷き、

「そうか・・・なら俺がどうこう言うのは筋が違うな。だけど一つ助言をさせてくれ」

「助言?何なんだ?」

「簡単さ。ロンドンに帰ったらどんな手段を講じてもロード・エルメロイの研究成果を散逸させるな」

「へ?そりゃあ、それはやるけど・・・そんな事で良いのか?まずは・・・」

「後々の事は事態が落ち着いてからだ。まずは足元を固めてからにしろ、順序を誤ると取り返しのつかない事になる。それは俺達を見れば判る事だろう?」

「わ、判ったよ」

士郎の真剣な表情に気圧されたのか、最終的にはウェイバーは了承した。

「それと・・・ウェイバー・ベルベット、お前には世話になった。謝礼と言う訳ではないが何かあったら僕達に連絡しろ。些細なものだろうが可能な限り助力する」

そう言って切嗣は自分の番号とメールアドレスを書いた紙を手渡す。

「あ、ああ・・・ありがとう。じゃあ、そうと決まれば僕も準備を進める。下宿先に戻って荷造りして帰りの飛行機の手配をしなくちゃならないし」

そう言ってウェイバーは立ち上がった。

「それとエクスキューター・・・あんたには感謝しているよ」

「感謝?なんでまた」

思わぬ言葉に首を傾げる。

「・・・僕は今まで、魔術師としては未熟で凡庸な自分が嫌いだった。人間としても器の小さい自分が大嫌いだった。だから自分は特別なんだって思い込んでいた。そうする事で現実の自分から逃げていた。そんな僕にあんたの存在は眩かった。凡庸であっても何処までも突き進む姿勢がすごかった。おかげで僕は自分と向き合えるようになった。大嫌いな自分の事を少しは認められるようになった様な気がする・・・エクスキューター、ありがとう」

そう言って手を差し出した。

「俺は何もしていない。俺は自分の思うがままに突き進んできただけさ、これまでもそしてこれからも。だけど、それが君を力づける事が出来たのならそれは誇らしいよ。同じ困った主君に仕える同僚として」

「そうだな・・・うん、あいつには本当に振り回されたよ。それなのに、僕の事を誰よりも認めてくれた・・・」

「ああ、だからウェイバー、君は君らしく自分を磨け。それこそ死ぬまでな。そうすれば招かれる筈だ。偉大なる征服王の軍勢に」

そう言って士郎は差し出された手をしっかりと握った。

「ああ」

それに応じる形でウェイバーは力強く握り返した。

「じゃあ、もう会えないかもしれないけどあんたの事は忘れない」

「ああ、もしも縁があればどこかで会おう」

その言葉に大きく頷いたウェイバーは切嗣達に一礼すると振り返る事なく屋敷を後にした。









「じゃ、私達もそろそろお暇するわね」

ウェイバーを見送り一区切りついたと判断したのか、そう声をかけたのは凛だった。

「私達がやる事はすべて終わったし、カレンが綺礼に告げてくれって頼まれた伝言は義父さんが告げたくれた。帰る頃合いね」

その言葉に桜、アルトリアも同意する様に頷く。

「そうか・・・君達には本当に助けられたよ。君達がいなければ柳洞寺で全て頓挫していた」

「いえ、大した事はしていませんお義父様、私達は先輩の意思に従い動いただけです」

「そうですキリツグ、お礼ならシロウにして下さい。私達はシロウに呼ばれ、シロウの意思に従い助力していたシロウのサーヴァントなのですから」

切嗣の礼に桜、アルトリアは生真面目に応じてから、今度はアイリスフィールと向き合った。

「アイリスフィール、貴女は私の知る貴女ではない、ですが、貴女と再び会えた事は私にとって望外の喜びです」

「アルトリア・・・」

胸中に宿る思いを噛み締めるように告げるアルトリアの言葉にそれを感じ取ったのか、アイリスフィールも言葉に詰まる。

「アイリスフィール、貴女とキリツグ、そしてご息女・・・この世界のイリヤスフィールがいつまでも壮健で幸福な人生である事を私は神界で祈ります。それが先に神界へと帰ったイリヤスフィールの願いですから」

「ええ、アルトリア、貴女も向こうでイリヤとシロウ君と仲良くね」

「シロウとは無論です。まあ、もう一人とは微妙な所ですが」

それを合図としたように三人の身体が光に包まれ、少しずつその光によって輪郭が解けていく。

「先輩これで私達の魔力は全て渡しましたけど・・・」

「士郎、あんたはまだ帰らないの?」

「ああ、もう少しだけ冬木を見てから帰るよ。この時代の冬木に来るのはもうないだろうし」

「そうですか、ではその旨は皆に伝えておきます」

「頼む。見るものを見たら俺も帰るから」

「わかりました、それとシロウ、神界に帰ったら今回の失態に関して正式に話し合いすると思いますので覚悟を」

「・・・お手柔らかに、お願いします」

「難しいと思いますよ。『剣神の妻』総動員ですので」

アルトリアの絶望的な宣告に思わず天を仰ぐ。

「はいはい、アルトリア、あんまり脅かさないの。私達の方でそれなりにとりなしておくから安心しなさい」

「はい、よろしくお願いします、凛様」

「よろしい、じゃ、士郎早く戻ってきなさいよ」

「先輩お先に失礼します」

桜の言葉を最後に三人の姿は光となり消えて行った。









「いいのかい?士郎、こんな所で見送りって」

「ああ、爺さん達はこれから忙しくなるだろうし」

そんな事を言い合っている士郎と切嗣は屋敷の玄関前にいた。

切嗣としては士郎の消滅まで見届けるつもりでいたが士郎がそれを謝辞した。

ちなみにアイリスフィール、舞弥は未だ眠るイリヤスフィールを連れて新都へと向かっている。

「そうか・・・じゃあせめて礼だけは言わせてくれ士郎。君のおかげだ。理想を失った僕が其れよりも大事なものを失わずに済んだのは」

「いや、召喚された時にも言ったけど、この現在をつかみ取ったのは爺さん、そしてアイリスフィールさんがそう決断したからだ。俺がしたのはちょっとした手助けをしたそれだけさ」

切嗣の感謝の言葉に士郎はそう返すが、切嗣はその言葉に首を横に振る。

「いや、君がいなければ僕もアイリもこの現在すら手に入れる事は出来なかった。君がいたからこそさ」

「・・・ありがとう、爺さん、それ言われると嬉しいよ。俺はあんたから生きる意味と意義を貰った。爺さんがいたからこそ今の俺がある。それに少しでも恩返しが出来たなら嬉しい」

「そうか、それと士郎」

そう言って切嗣は士郎を抱擁してから両肩に手を置いて。

「君にとって僕は君の知る僕じゃないだろうから、こんな事を言われても困ると思う。でも言わせてくれ。士郎、君は自慢の義息子だ。君が知る僕もきっとそう思っているはずだ」

「あ・・・」

その言葉に士郎の眼から一筋の涙が零れ、その言葉を噛み締めるような表情で、

「ありがとう・・・俺にとってそれは最高の報奨だ。俺も爺さんに育てられて、そして爺さんから夢と理想を託された事は誇りだよ」

そう言って士郎は切嗣と固い握手を交わす。

「じゃあ、爺さん、これでお別れだ。きっと会う事は二度と無いと思う。アイリスフィールさん、そしてこの世界のイリヤと幸せに」

「士郎、君も元気で向こうのイリヤと仲良く」

「ああ」

別れの言葉を告げ、士郎は屋敷を後にした。

決して振り返る事なく。









そこから士郎はゆっくりと噛み締めるように記憶に刻み込むように冬木の地を巡っていった。

突然の崩壊で未だ混乱の極みにある柳洞寺を皮切りに、生前自身が青春を過ごした穗群原学園、そして深山商店街を巡り、大橋を超えて新都も巡り、最後に懐かしき『コペンハーゲン』まで見終わった所でいよいよ限界に近付いたらしく視界が霞み始める。

気が付けば士郎はあるベンチに腰かけていた。

どうやらどこかの公園らしいのだが、どこか見覚えがある。

それも遠き過去のものではなく、つい最近来たような・・・

「・・・ああ、そうか、ここは・・・」

と、そこでようやく思い出した。

間違いない、数日前、幼き凛を保護し葵に引き渡したあの公園だ。

思えば雁夜と出会い会話を交わしたのはあの時が最初で最後だった。

「・・・」

ふいに士郎の表情に苦いものがよぎる。

結局だが、今回の聖杯戦争は失敗だらけだった。

初っ端から判断を誤った事でセイバーとの間に埋めがたき溝を作り最終的には互いに傷つく結末を辿った。

雁夜に葵の事もそうだ。

雁夜の身体はもうどうしようもない事だったが、それでもあの時何らかの対処を施していればあれほど悲惨な事にはならなかっただろう。

そうであったとすれば葵も心身共に傷つかずに済んだかもしれない。

考えれば考えるほど今回の聖杯戦争の悪い点ばかりが目につき、思考は悪い方へ悪い方へと進んでいき気も滅入ってくる。

そんな負の悪循環に陥りかけていた士郎を足に何かが当たった感触が現実に押し戻した。

足元を見ればそこにあったのは一個のボール。

色や大きさから想像するにドッジボールのそれだろう。

何気なくボールを拾うと

「あ、あの・・・」

おずおずといった風に子供の声がした。

顔を上げると十歳前後の少年が自分におっかなびっくりといった風に立っている。

ふと後方に視線を向ければ、同年代と思われる子供達が士郎達を遠巻きに見つめている。

近くで遊んでいたが、手元が狂ったボールが士郎の足元まで転がっていき、拾おうとしたが、見慣れない大人の自分に警戒しているのだろう。

おまけに自分の髪の色と服装を考えれば警戒するなという方が無理だろう。

(まだ戒厳令は解除されていないだろうし当然か)

内心苦笑しながらボールを少年に差し出す。

「ほら」

「!!あ、ありがとう!おじちゃん」

特に何も起こらずに安堵したのだろう、笑顔でボールを受け取り子供達の元へと駆けていく。

と、その時

「おーい!大丈夫だったか!士郎!!」

「!!」

子供達の一人が少年に呼び掛けてきたその言葉に目を見開く。

よくよく見ればあの赤毛は・・・

「そっか・・・そうだよな」

子供達の輪に入っていく少年を満足げに見届けると、士郎は先程とは打って変わった清々しい微笑みを口元に浮かべる。

すっかり忘れていた。

確かに今回の聖杯戦争、過ちばかりだった、悔恨を残してきた。

だが、其れでも確かに救えたものもあった、助けた人もいた。

そして何よりも守れた未来があった。

それがわかれば十分だった。

それだけでも自分がこの聖杯戦争に呼ばれた価値はあった。

この世界の士郎(自分)は衛宮士郎ではなく、もはや遥かな記憶の海に消えたしまった・・・士郎として生きていくだろう。

今の自分は不幸だとは思わないが、このまま・・・士郎として生きていく未来もまた素晴らしいものになる筈だ。

(・・・それが・・・わかれば・・・十分だ・・・)

満足そうに眼を閉じる。

それを合図としたように一陣の風が吹きそれによって掻き消えるように士郎の姿は消えていった。

まるで最初から誰もいなかったように・・・









閉じていた眼を開いた時、士郎の前には神界の我が家があった.

「お疲れ」

背後から声を掛けられる。

振り向けばそこに立っていたのはわが友。

「ああ、悪い迷惑かけたみたいで」

「気にすんな。今更だし、突然の事だっただろ?でも其れなりに成果があったようだな」

「ああ、失敗に失敗も重ねたけどそれに見合う成果もなした。トントンといった所か」

「そっか。じゃ、その成果を聞かせてくれよ土産話として」

「それならアルクェイドさんも呼んでくれないか?師匠にも会って言付けも頼まれたし」

「師匠と会ったのか?じゃあ、みんなも連れてくる。喜ぶだろうし」

そんな事を話しているうちに屋敷から複数の気配がこちらに向かってくる。

どうやら自分が帰ってきた事を察したようだ。

「・・・帰ってきたな・・・」

穏やかに笑いながら士郎は屋敷に一歩足を踏み出した。









最後に・・・その後の顛末を簡単にだが記そう。

まず衛宮切嗣、アイリスフィール、そしてイリヤスフィール親子に久宇舞弥・・・

聖杯戦争終焉後、本格的に冬木へと移住、ゼルレッチの『伝言』が相当に効いたのか魔術協会のお墨付きで遠坂凛の後見人となり、凛が成人するまで遠坂の領地運営をそつなくこなした・・・と言えば良いが、その点に関して素人同然の二人は初期において少なからぬ失敗を犯し、危機に見舞われたが、それらを何とか乗り切り、凛に移譲。

その後は冬木でも指折りのおしどり夫婦として仲睦まじく暮らした。

また娘のイリヤスフィールに関しては父の『魔術師殺し』時代の伝手を駆使してコンタクトを取った人形師の力を借りて成長する身体を手に入れアインツベルンの正当後継者として家の復興を成す。

そして舞弥はアイリスフィールの護衛を完璧にこなした後、切嗣に暇を告げてから切嗣達の前から姿を消した。

だが、定期的に冬木を訪れアイリスフィールと交友を深め合い、晩年は冬木に移住、アイリスフィールとの交友は終生途絶える事はなかった。

次に遠坂、間桐の御三家・・・

聖杯戦争で現当主、時臣が死亡、さらにその妻葵も何者かによって拉致監禁さらには性的暴行を受けた事が原因と思われる重度のPTSD・・・心的外傷後ストレス障害を発症。

葵には遠坂の領地運営は極めて困難と判断した切嗣が精神病棟への入院等の措置を取り、長女凛は切嗣、アイリスフィールの公私における手厚い庇護を受ける事となる。

最初はぎくしゃくしていたが、それでも最終的には実の親のように二人を慕うようになり、イリヤスフィールとは魔術の実力を競い合う悪友といった感じで魔術師としても同性としても良好な関係を構築するに至った。

精神病棟に入院した葵だが、その容体は当初酷いものだった。

拉致監禁時に受けた心の傷は想像以上に深く、一時期、自殺未遂を頻繁に行うほどの重症であったが、最終的には凛の承諾を受けた切嗣が間桐雁夜に関する記憶を完全に抹消する事でようやく心の平穏を取り戻す事に成功。

その後は凛の良き母となり、遠坂葵として未亡人としての生涯を終えた。

そして間桐家は、聖杯戦争終焉後、実質上の当主である間桐臓硯が消息を絶つや、名目上の当主間桐鶴野は市民会館で無残な躯となり果てた弟雁夜を簡素で心もこもっていない葬儀を行い、無縁仏として共同墓地に適当に埋葬を済ませると、冬木で保有していた全ての権益を魔術協会に譲渡したのち文字通り逃げるように息子が留学している海外へと出奔し、二度と戻って来る事はなかった。

更に間桐へと養女として出されていた間桐桜だが、鶴野は彼女の親権を放棄し、本来ならば孤児院に預けられる所であったのだが、彼女自身が持つ稀有な属性を考慮し切嗣、アイリスフィール双方が話し合いに次ぐ話し合いを重ねた結果、切嗣達が養子として迎え入れる事で決着がつき、彼女は衛宮桜となった。

義理の家族となった切嗣達とは少し時間を必要としたがやがて実の家族のように良好になったのだが、実の家族である葵、凛との関係に関しては、凛とイリヤスフィール以上にぎくしゃくしたものとなり、その解消には十年の時間を要する事になった。

なお、葵、凛、桜一家の関係の修復のきっかけとして、ある少年の存在があるのだが、それに関してはこの物語とは何の関係もない話である。

ましてやその少年に義理と実の姉妹が揃って心を奪われてしまった事についても。

ロンドンに帰国したウェイバー・ベルベッドは士郎の忠告通りケイネスの研究資料の整理に入ったのだが、これはかなりギリギリのタイミングだった。

というのも、ウェイバー帰国の時点でケイネスは監督役殺害の真犯人である事が断定されており、その名声は汚名の奥底まで堕ち果てていた。

その為にアーチボルト家自体がケイネスに関わるもの全てを破棄する動きを見せており、一足先に帰国していたソラウが実家の力を借りて押し留めていなければ、ウェイバーが整理に着手する前に殆どが失われていた可能性すら存在していた。

またケイネス失墜の原因の一端でもあるウェイバーへの視線は極めて冷たく、それに比例する様に彼に対する逆風も相当なものであったのだが、それにも屈する事無く、ウェイバーは持ち前の才覚をもってケイネスの研究資料や成果を完璧な形で編集、『アーチボルト秘術大全』と呼ばれる魔導書にまとめ上げそれをアーチボルト家共同の財産として献上、この魔術書の完成度の高さは近年稀なものでアーチボルト家の没落を食い止める事になる。

その功績と聖杯戦争に関する処罰を兼ね、彼には師の称号を与えられ、ウェイバーはその才覚をもってアーチボルト家の再興と優秀な魔術師を次々と育て上げていく事になる。

ケイネス・エルメロイ・アーチボルトに関しては特筆すべき事はない。

帰国後、彼のエルメロイの称号は剥奪、アーチボルトの性は残ったが、其れすらも世間体の為に過ぎず、死後にはアーチボルト家の全てから除名される事が決定されていた。

そして聖杯戦争時に壊れた心は二度と元に戻る事はなく、ロンドン郊外の精神病棟に押し込まれ、アーチボルト家のおこぼれを受けて数年生きたが、急速に病み衰え、最終的には衰弱死した。

またケイネスの元婚約者、ソラウであるが、なぜ、ケイネスの研究成果を守り通したのかという親しい者からの問いに『最初で最後の婚約者らしい事をしただけ』とだけ答えた。

その後は、実家であるソフィリア家から提示された新たな政略結婚の相手と結婚。

こちらはケイネスに比べると才覚は乏しい凡人だが努力肌の人間で気性も穏やかなものであり、ソラウはランサーの願い通り、平凡であるが平穏と幸福に包まれた人生を送る事になる。

最後に言峰綺礼であるが・・・

聖杯戦争終焉時、重傷を負った身で発見され手当てを施され、ある程度治癒が終わった所で今回の聖杯戦争においての運営の失敗の責任を取るとの名目で聖堂教会における全ての役職から退く事を宣言。

補欠とはいえ埋葬機関にまでその名を連ねた彼の実力を惜しんだ上層部は慰留したのだが、綺礼自身の決心は固く、妥協案として、若手の代行者達の教官を務める事を提示、綺礼はそれを受諾し、表向きはとある修道院の院長に就任、神父、シスターの卵を大事に育て上げる。

その後、あるシスターを自分の助手として次代の代行者達の育成に没頭、指導者としても優れた手腕を振るう。

尚、思う所があったのか、後にそのシスターの後見人になったのだが、孤児でなおかつ出生の事情ゆえに教会内では白眼視されていた彼女の後ろ盾になぜなったのか、その理由を彼は終生話す事はなかった。









こうしてあらゆる意味でねじ曲がり狂った聖杯戦争は一つのボタンの掛け違いがきっかけで生じたイレギュラーの手により終焉を迎える事になった。

それが幸福なのか不幸なのか明確に判断できる者は誰もいないだろう。

しかし、これだけは断言出来る。

この結末はこの事態に関わった者全てが全身全霊をかけて挑んだ事によってもたらされた当然の帰結なのだと・・・

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